第8回近松賞 受賞作 『宇宙に缶詰』 肥田 知浩
第8回「近松賞」は2022(令和4)年5月1日から6月30日の締切までに、107作品の応募がありました。8人の審査員により1次審査で24作品、続く2次審査で最終候補作品として8作品を選出しました。
2022(令和4)年12月16日(金)、東京にて岩松了氏、濱田元子氏、平田オリザ氏、松岡和子氏、渡辺えり氏(50音順)の選考委員5名による選考委員会を行った結果、肥田知浩氏(京都市在住)の「宇宙に缶詰」を近松賞に決定しました。
受賞作品は選考委員の選評も掲載した冊子を2,000冊発行し、全国の演劇関係者などに配布します。また、令和6年の秋ごろに上演を予定しています。
第8回「近松賞」受賞者
- 近松賞 受賞者
- 肥田 知浩 (ひだ ともひろ)さん
〈 京都府京都市在住 〉 - 近松賞 受賞作
- 『宇宙に缶詰』(うちゅうにかんづめ)
『宇宙に缶詰』 あらすじ
太陽系外に人間の住める星はあるのか? 地球がすぐに住めなくなるというわけでもないが太陽にだって寿命がある、今のうちに人間の住める星を探しておいた方がいいのではないか? NASAが探査機を開発し太陽系外惑星の調査に乗り出した。できれば人工知能ではなく人間を調査に向かわせたいところだが、しかしこの惑星探査には何十年、何百年もの時間がかかる。生きている人間を探査機に乗せるわけにはいかない。
技術は日に日に進歩して今や人間の脳みその情報を丸ごとコピーして一枚のチップに記録することも可能になっている。NASAは職員の中から優秀な者を六人選び出し、脳みそのコピーをマイクロチップに焼きつけて六つの太陽系外惑星に送り出した。日本の田舎町で生まれ育ち、アメリカに渡ってNASAに就職した男がこの六人の一人に選ばれた。男の脳みそは隅々までスキャンされ、デジタル情報に変換され、探査機に積まれて惑星の調査に送り出された。男の脳みそのコピーを乗せた探査機は太陽系から遠く離れた惑星に到着し順調に調査を進め、この星が地球に似ており人間が住むことも充分可能であることを確かめると、調査で得た惑星の情報と自分自身のデータとを地球に向けてビーム送信した。
ビームに乗って地球に戻って来た男のデータはクローンの肉体に入れられて、静かに余生を送ることになっている。地球型惑星にはポツンと探査機が残る。データを地球に送信した後、探査機内に残ったデータはすべて消去されるという話だが、しかしパソコンのハードディスクと同様に一度記録されたデータを完全に消去することはほぼ不可能である。物理的に破壊しない限りマイクロチップのデータは残り続ける。探査機には電池もまだまだ残っている。探査機に残された男の脳みそのコピーは、過去に自分の人生に起こった様々なことを、ああでもないこうでもないと思い返し続ける、という時間を延々と送るのだった。
肥田 知浩さん受賞の言葉
「宇宙に缶詰」が近松賞を受け、多くの方々の目に触れる機会を得たことをたいへん嬉しく思います。「宇宙に缶詰」は、私が見て来た風景や友達や家族から聞いた話、テレビで見たことや私の経験、想像などが混ざり合い、ひとつの戯曲として形をなしたわけですが、そのもとになったのは子供時代に母が作ってくれた「おだんごおつかい」というお話です。私と私のきょうだいたちは、身近な風景の中で繰り広げられるこの冒険物語を何度も母に読んでもらい、その度にハラハラ、ドキドキ、ワクワクと、心を踊らせました。「おだんごおつかい」は今はもう失われてなくなってしまいましたが、三十五年前に私が「おだんごおつかい」から受けとったおもしろさ、楽しさは私の中に残り続けています。「おだんごおつかい」が私の生きた時間を通りぬけて「宇宙に缶詰」という作品を産みました。「宇宙に缶詰」が賞を受けて上演されることで、私の中に閉じ込められていた「おだんごおつかい」(と、私がその後の人生でくぐり抜けてきた時間)は、私を内破し外の世界に飛び出して行くことになります。私は私が「おだんごおつかい」から受けとったおもしろさや楽しさを次の人に手渡すことができます。
近松賞を通じて上演の機会を与えて下さった尼崎市の皆さんに感謝いたします。ありがとうございます。